投稿を通して気づいた恐れと「モヤモヤ」の正体

先日、(JACIMフォーラム内での)ある一つの読書会トピックに投稿された、Sさんの文章の内容に共感して、その事を(共用スペースのような)別のトピックに書き込みました。

すると数人の方から反応があり、共感を分かち合う機会がありました。

そして、そのことを通して見えてきたことがあります。

私は、以下のように書きました。

「書くことにより、誰かを傷つけてしまうのではないかという恐れが、いつも心のどこかにあります。」

このことが、引っかかっていました。なんかモヤモヤしました。

これは、(共用トピックに書いた)私のコメントですが、何だか相手のことを気遣う優しげな人のように見えますが、実は、自分が傷付くことを何よりも恐れている私の姿が見えてきます。

私たちは皆、権威者との関連で問題を起こしがちであることは確かです。その理由は、私たちが「自分は神を犠牲にすることによって自分の存在を獲得したので、神は私たちを罰し、私たちが神から奪ったものを取り返すために、私たちを追いかけてくる」と信じているからです。質148:自己主張についてより

そしてそこから見えてきたのは、私はフォーラムのみなさんのことを脅威に感じ、権威者として見ていたんだなということでした。

もし私が、誰かの気に触ることを書いてしまったなら(大切なものを奪い取ったなら)、私に襲いかかって来るだろう!(攻撃してくるだろう)という恐れを感じるからこそ、このような言葉になったのだろうと思いました。

それは、間違っているかもしれませんが、こうして書いていくことを通して、それを投稿することを通して、自分の中の不安や恐れといったものが見えてくる。

すごいなと思います。私は今、とても貴重な機会の中にいるんだなと思います。

無意識の中の恐れに気づかないふりをして流してしまおうとするとき、モヤモヤ感といったものが付き纏います。

でも、それをそのままにして欲しくなくて、モヤモヤとしてやって来ていたんだなぁと思いました。

ですから、Fさんが書いてくださった以下のコメント、とても共感しています。

私も「モヤモヤ」と向き合って行こうと思いました。

( 2025年5月 by momo )