「弱音を吐いてはいけない」(前編)
「弱音を吐いてはいけない」
これは、ほんの小さな子どもの頃からの私の思考原理であり行動原理でした。
この言葉に助けてもらったことも多かったですが、この言葉によって愛も拒絶してきました。
でも、もうそろそろこの言葉を手放したいと思ってもいいんじゃないか?
弱音を吐けよってことじゃないよ。
この原理を取り下げろってことじゃないよ。
いかに多くの場面で無意識のうちにこの原理を採用していたかに気付くようになってきたでしょ。
その場面で抱いた恐れを瞬時にこの原理で隠蔽してたでしょ。瞬時に判断したことを忘れ去ってたでしょ。
そうしたことに、もっともっと気付いてねってこと。
そして選び直す。
そうすれば、この原理が採用された場面自体が消えていく。
そうして、この原理の役割が終わる。
盲目(自我)でありたいという思いに気付けますように。
いつも聖霊の存在に気付けますように。
兄弟たちとの交わりがなければ、意欲は生まれないと思う。
気付かぬうちに判断して兄弟を拒絶しませんように。
兄弟たちの声を聞かずにいようとしませんように。
すべての兄弟たちの声を聞けますように。
いつも聖霊の存在に気付けますように。
( 2018年9月 by pallaksch )

