奥へ奥へ

「聖霊のレッスン / 「奇跡講座」テキスト第6章Vの解説」、39ページのど真ん中、「自分には罪はなく、他人には罪がある」を以前読んだ時、自分はそうは思わない、と思いました。

私は常々、悪いのは全部自分だ、全部自分に原因(非)があると思ってきました。

というのも、なんでも人のせいにしてあいつが悪いと言ったところで、何も解決しないし、下手すれば自分の立場が悪くなると思い、自分の考え方を変えた方がうまく行くと思っていました。

なので、この「自分には罪はなく、他人には罪がある」は、なんだかとても図々しいような気がして、当時はどうしても受け入れられなかったのですが

今回のフォーラムの読書会で改めて読んでみると、今は違和感なく受け入れていることに気付きました。

今までの私は、「悪いのは相手だけど、人のせいにしない善人」でありたかっただけだと思います。

まさに、「赦すけど忘れない」で、相手に罪があるという前提があるからこその善き行いであり、その善意を疑わないことにより、核心(分離を信じているところ)に触れることを避けていたのだと思いました。

今こうやってその事に気づけているのは、正直に奥へ奥へと心を見てきたからであり、自分の勇気と努力を讃え、ちょっとだけ成長を感じられて嬉しくなりました^ ^