動揺の本当の原因

‪【質問】No.115 (orig.#256)昇給を要求することは間違っていますか?‬を、要約した感想です。

どんな動揺についても原因は心の中で為された選択だと認識することから、正しい心による思考が始まります。それが全てではありませんが、それが始まりです。

連休明けに突然、肉体にひどくつらい症状があらわれてしまいましたが、
直前に明るみに出た「私は肉体の被害者だ!」という考えが原因だな、と気づきました。

「これは結果だ、力を与えずにおこう」とほんとにひどくつらい症状を抱えながらも、
行動面では、なんとか義母の当番をやってきました。

心のレベルでは、この動揺を引き起こしたのは私の間違った選択だということは認めるものの、
症状の強烈さを、外側の何かや、誰かのせいにしそうになりました。
それでもなんとか踏みとどまりました。

今回は原因と結果のタイムラグがなくて、とても分かりやすかったので、
動揺が通り過ぎるのをじっと待てましたが、
そうじゃなければ外側の何かのせいにしていたと思います。
原因と結果の間に時間があると、外側の何かのせいに思えて、自我の罠に嵌るように感じられました。

ほんとにどうしようか思う症状の中、
「もうこの考えはいらない!」とか思いつくままに、ただただ叫んでいたのですが、
これも「正しい心に変容させられたい」ということになって聖霊に届いたのでしょうか、どうなのでしょうか・・・ (・・?)

症状は一週間過ぎた頃から軽くなってきましたが、今もなお、名残のような体力消耗感を肉体に感じます。

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追記します。

分離の信念からくる欠如はお馴染みすぎる感覚でしたが、
肉体の疲弊感がなくなってきたら、剥奪の感覚が鋭く感じられるようになりました。
誰かに私の大切なものが奪われたという強烈な感覚を、今、感じ、少し驚いています。

この剥奪感は分離から来ているんだな、
私はまだ分離を望んでいるんだな、というところまで見たところです。

罪悪の魅力ってどういうこと?と思っていたけれども、これがそうなのかな?と思っているところです。
撤回まで漕ぎつけるとよいですが・・・

今回の教材には、とてもタイムリーに助けられました~♫
ありがとうございます(^.^#)。

( 2025年5月 by 匿名 )