「団結」の理由

『聖霊のレッスン』の第五段落は読んでいて全体的に抵抗を感じました。

読みながら、ぐ〜っと腹部が圧迫されるような痛みがありました。

特に印象的だった部分は

自我の思考体系を受け入れている人々も、互いに忠誠を誓ったり、つながりあったり、団結したりすることがあるように見えます。けれども、自我たちは、表面的には団結するように見えても、その「団結」の理由は、一人ひとりが自分にとって利益になるものを得るためなのです。それは、自我は「与えることと受け取ることが同じ」だとは思っていないからです。

『聖霊のレッスン』54ページ

このことは職場でずっと感じていたことでした。

誰か一人を攻撃の対象に選び、みんなでその対象の人に不満の矛先を向ける。

怒っている人達の意見は一致しているから私達は間違っていない、あの人がおかしい、これは何とかしなければいけない・・・、と団結しているかのように見えるのですが、これは違うんだよなぁ、と感じていました。

私を含め、みんな自分の怒りを正当化したいだけなんだな、と思うのですが

そこから抜け出すことは難しく、最初はなかなかできませんでした。

それでもなかなかできない、ということをイエスに差し出すように心がけ、

それを続けてきて最近ようやく自分の中に変化を感じています。

第五章を読んでいて、最後に

この聖霊のレッスンAは、自我のレッスンと正反対のレッスンを学ぶプロセスの、最初のステップとなります。

『聖霊のレッスン』56ページ

とあるのを見て、最初のステップにこんなに抵抗があるのだったら、この先どうなるのだろう…と思ったのですが、焦らずに少しずついきたいと思います。

(2022年7月 by たんぽぽ)