自己破壊的な行為に気づく

V#39: 自己破壊的な行為」を視聴した。そのあと、自分の心を観察していると、たしかに私は、「“肉体の中にいる脆弱ですぐに傷つく存在”という、ひどくみすぼらしい自分像」というのを信じていて、それを強化しようとしている、ということに気がついた。

また、自らが望んで自分を傷つけたがっているということにも気がつくようになり、その目的は「自分が存在している」と証明するため、強化するためだというビデオの内容を思い出し、自分が選んでいるんだから、自分で選択し直すことができるんだと思うようになった。

そして、あれもこれもと気がついていくと、次第に、自分は自己破壊や自己妨害ができればなんだっていいと思っているんだ、ということがわかってきた。

例えば、「レストランでウェイトレスの愛想が悪くてイライラした」というのと、「突然、失業して、途方に暮れている」という状態(JQA#39より)どちらも「苦しみが存在する」ということを証明させる目的においては同じであり、「幻想に順位は存在しない、自己妨害に順位はありません。」ということなんだろうな、と思うようになってきた。

さらにそれを繰り返していると、もう、なんもかんも、そもそも、全部そうじゃん
となり・・・

「私たちにとっては、〈自分自身を傷つける必要〉が、とてつもなく大きい」という事実の前で、呆然としている。

ビデオを見たあと、自己破壊的な行為にとても気づきやすくなった気がするので、これからも注意深く心を見つめ、選んだのは私の心なのだから、私の心で選び直せる、ということを救いに、実践に励もうと思う。