『この宇宙は夢なんだ』を読んで
『この宇宙は夢なんだ』を読んで、感想を書きたいと思います。
〇第5/9章 目覚めつつ見る幸せな夢 (pp.93-94)
真の赦しとは、本質的に言って、明晰夢のようなものだ。
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他人がしたことのゆえに、他人を赦すのではない。自分が夢を信じていたということを赦すのだ。たとえ無意識のレベルにおいてだったとはいえ、自分が頼んだ通りのことをするだけの登場人物たちがでてくる夢を、自分が信じたということを。
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だから、大まかに言うと、正しい心を常に忘れずにいて、聖霊と共に自我を見るってことだ。それは、たいていの場合、赦すことへの抵抗を正直に見るっていう意味になるのさ。
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赦すためには、一歩退いて聖霊と共にその状況を見ること以外には、本当に何もしなくていいのだ。
真の赦しは、自分が夢を見ていると自覚しながら夢を見ている状態になぞらえることができるということです。
自分が本当は夢を見ているということを念頭に、自分の心の内容を投影した象徴を見ていて、真理においては何も起こっておらず、彼らも本当は肉体ではなく不滅の霊として自分とひとつだということ…そうしたことを全面的に信じていない自分の中に、信じずともそうした可能性を受け入れるように思い浮かべてみる。
そして自分が動揺していることに気づいたとき、そこには必ず習慣的な反応となっている裁きがあるはずで、それ以上罪悪感を増していかないように、裁きを遮り、ただ一歩退いて聖霊と共に見ること。この見ること以外には、本当に何もしなくていい、ということが響いてきます。
そしてそれをひとりでやろうとしないこと。自我の思考体系の内側からそれを変えることはできず、まったく別の思考体系である外からの助けが必要であり、それは自分が解離させてしまった自分の心の部分に存在し続けている。
こうした理論をコースから学ぶことができます。イエスと聖霊が自分の中にいて助けてくれることも学び、目覚めることへの抵抗があることを学びます。それをわかっていない、信じていない私が受け入れてその真実性に納得するためには、とにかくやってみるしかないということだと思いました。それは思い出すことであり、気づくことであり、信と意欲を差し出すことであると思いました。
( 2025年3月 by 匿名)

