知的理解を手掛かりに、赦しを練習する

冊子「聖霊のレッスン」91ページに書かれている

けれども、私たちは「心」と「頭脳」を混同しがちです。

「聖霊のレッスン」91ページ

この言葉が印象に残りました。さらに続きを読んでいくと…

私たちは、「普通、肉体の視点から文章を読み、頭脳のレベルの思考をしている」ので、コースが教える、頭脳の外、時間と空間の世界の外側の「心」と区別されるものだということ…

それは知的レベルだけでは理解できず、「知的理解」を手掛かりに「赦しを練習」することが必要。

赦しの練習とは、すべての人々を同じと見ること。

そうした実践で聖霊の思考体系が強化されるが、自我の抵抗も増大し、心の中の葛藤が激化する…

と書かれていました。

私は、葛藤の激化が世界に反映され、この世で体験している物事が悪化することを恐れています。

それを乗り越えるためには、イエスや聖霊との関係を育むことが必要だとあります。

私は今、これを抽象的な原則として話していますが、実際にそこを通過することは、抽象的とは程遠いものです。それは私たちが経験することの中で、最も衝撃的で、強烈で、苦痛な経験となることがあり得ます。繰り返しますが、真理と愛を代弁する存在、自分を違った見方で見ていてくれる存在が共にいてくれるということを、私たちが知らなければ、私たちはこの時期を通過することは決してできません。

「奇跡講座入門」176-177ページ

私はここ数年、生活する中で徐々に不安・恐れが大きくなってきました。

それが、コースの道を進んでいる結果だとは思っていませんでした。

そうした不安の波に飲み込まれるたびに、この世界で普通に生きていくことすらできないと苦しみ、何とか世俗的な方法や、ポジティブ思考や、魔術やらでやりくりしてきました。

でもここからの道は、聖霊と共に歩みたいと思います。