「寄り道」に寄り添う
V#52「赦しのメロディー」(6)の中に印象的なエピソードがあります。
私が大学院生だった頃の話ですが、著名なセラピストたちのセラピーセッションの録音を聴いていた時がありました。
その中の一つは、統合失調症の患者との対話でした。
その中で、どちらが患者の声なのかがわからない場面がありました。
セラピストの話があまりにも患者と融け合っていたので、そのセッションの後の方になるまで、聴いている私たちにはどちらがどちらかわからなかったのです。まるで二重唱のようでした。
そして、患者は平安に達することができました。その後どうなったかについては、私は知りませんが、その時間には、平安がありました。
そして、それが起こったのは、セラピストが患者とつながったからでした。それはまるで、二重唱の歌を聴いているかのようでした。二人の声が溶け合っていたのです。
このエピソードが意味していることと違うかもしれませんが、私は以前テレビで見た、強迫性障害の患者が認知行動療法の権威によって治った症例の再現ドラマを思い出しました。
強迫性障害の患者は家族が死ぬかもしれないという恐れから自分を守るために確認行動がやめられず、重度に生活に支障をきたしていました。
権威である先生は認知行動療法の治療法を使い、長い時間をかけて患者を恐れから解放しようと根気強く治療にあたりましたが、結局改善できず、涙を流しながら患者に治療の断念を伝えました。
その後、患者は確認行動の恐れから解放されたのですが、そのきっかけは先生の涙だったということでした。
ずっと自分に親身に治療を続けてくれた先生のために回復したいという思いから、恐れに打ち勝つ決意をして自分自身で教わった治療を続けて回復することができたとのことでした。
このとき彼の恐れを取り消すことになったのは、治療法そのものではなく、彼に寄り添い与えられた優しさとそれによって喚起された恐れに向かう意欲だったのだと思いました。

