目的を変える
昨夜、「目的」について、関連する箇所を読んでみた。
「原因についてのコース」P72-73、P91-95
「思考の逆転」P67-72
なるほどそういうことかと思い、気付きをフォーラムに書こうとしたが、そのまま寝てしまった。
なので今、それについて書こうとしているのだけれど恐ろしく眠い。
目を開けているだけで頭が痛くなってくる。
なるほど、ひょっとしたらこれは「目的」を変えられることへの抵抗なのかもしれない。
つまり、それほどまでに、「目的」を変えられることは何としても阻止したいことなんだな。
しかし、悪いが
もう、冊子の「目的」についての関連個所を、覚えてしまうほど読んでしまった。
言っておくが、私の意欲は、ささやかだが消えることはない。
ん?
あれ?
眠気が消えた。
これまで何度もこの抵抗からくる眠気に屈してきたが、これって退けることができるんだ。
おぉ!これはいい発見だ!
さぁ、また眠気が襲ってくる前に書いてしまおう。
どうやって書こうかなんて思っていたらまた寝てしまう。
思いつくままに、とにかく書いてしまおう。
昨日、水槽から脱出しようともがく亀を見ていて
「私もこの亀のように、この世界から脱出したいと願っているけれど、でも本当は目的があり、その必要から自ら望んで居続けているんだよな」と思い
「原因についてのコース」のこの箇所を思い出した。
「この世界は、理由もなく忽然と現れたのではなく、ある目的に役立 っているから、存在している」
「原因についてのコース」P90
そして、その目的ってなんだ?と思ったが思い出せず、帰ってから冊子を読み返した。
そして見つけたのがここだった
心の中の原因に戻れないようにする、という目的
「原因についてのコース」P90
真の原因のレベルに戻って、「正しい心」を選択することを、自我が 避けたい理由は、それを選択してしまうと、自我そのものが消えてしまうからです。それを避けるという目的に役立っているから、この世 界は、存在しています。
「原因についてのコース」P90
この幻想の世界は、神の子が神から分離したままでいられるようにするという目的に役立っているから、存在しているのです
「原因についてのコース」P91
ここを読んで
へ~、そうなんだ~、ふむふむ、なるほどね~
と、感心したのだが、いやいやちょっと待てよ!と思った。
これじゃあ世界は「自我の、自我による、自我のための世界」ではないか!
右を見ても左を見ても、上を見ても下を見ても、自我自我自我、自我だらけ。
こんなところに、救いはあるのか???
いや待てよ
そうだ、私たちは「目的」を変えることができる。
それにはまず
この世界とその中のすべてのものごとについて、それらが何の目的 に役立っているかについて問うこと
「原因についてのコース」P93
そう、とりあえず、これをやってみよう。
この世界は、理由もなく忽然と現れたのではなく、ある目的に役立っているから、存在している
・心の中の原因に戻れないようにする、という目的
・真の原因のレベルに戻って、「正しい心」を選択することを、自我が避けたい理由は、それを選択してしまうと、自我そのものが消えてしまうからです。それを避けるという目的に役立っているから、この世界は、存在しています。
・この幻想の世界は、神の子が神から分離したままでいられるようにす るという目的に役立っているから、存在しているのです。
・この世界とその中のすべてのものごとについて、それらが何の目的に役立っているかについて問うこと
そう、私たちは、違う道を選びたいというささやかな意欲を差し出すことで
目的を変え、選択しなおせるのだ。
(2018年12月、byアムロ)
