貧しい者は幸せだ
私が住んでいる地域は貧富の差が激しい。
5つ星の高級ホテルのすぐ近くにはスラム街が立ち並んでいるし、一歩外に出れば必ずホームレスの人を見かけ、電車の中や街中で物乞いをしている人に出会い、町中でゴミを漁っている姿も当たり前のように見かける。
街はとても整備されてキレイなのに、歩いているとトイレ代わりにされている場所もあったりと…悪臭に鼻を押さえてしまう事もよくある。
日本では見かける事が出来ないこの光景に初めは少し戸惑った。
けれど、住み始めたと同時にコースの学びも始まり、これらの光景をどう解釈したらいいのだろうといつも聖霊に尋ねていた。
それから1年半くらい経ったとある日(ちょっと前)に、奇跡の原理1の
奇跡に難しさの序列はない[T-1.Ⅰ.1]
ということは、ホームレスや物乞いの人達にも同じ見方をすることなんだ、と気がついた。
みんな同じ決断の主体なんだ!それは見かけや環境や状況なんてぜんぜ〜ん関係がないことなんだ!と感動して、なんか力がわいてきた感じがした。
教育もろくに受ける事が出来ずお金も無くて歯も靴も無くてもなんら問題ではなくて、みんな平等だし対等だし同じってこういうことか!と。
ずっと見かけや持っている物で判断してきた。その習慣から一歩抜け出した感じがした。
そして、この国の人達は、もの乞いの人たちにほんの少しだとしてもお金をあげているのもよく見かける。
最初はかわいそうだなと思うこともあり、たまに小銭程度を差し出した事もあったけど、かわいそうなんていう目で見る方が狂っているんだと分かってきた。聖霊の見方で見れる機会をくれて ありがとう〜!と小銭を渡すことができた時は嬉しかった。
貧しい者は幸せだ。という言葉をコース以外の何かで読んだ気がしていて…その時は意味がわからなかったけど、それって、序文の
愛の現存を自覚できなくしている障壁を取り去ること[T‐In.1.7]
という、心の中のことを言っているんだと思った。
( 2019年8月 by ブルースカイ)

