「降参」という概念はない

2019年に加藤さんの講義室で学んでいた時、

聖霊は優しい声で、私たちを安心させてくれる存在として描かれていますが、このことはさらに、
聖霊は命令したり、降参させようとしたりはしないということでもあります。

ニューエイジ系の教えでは、神やその他の聖なる存在への「サレンダー」(降参)というようなことがよく言われますが、『奇跡講座』には、「降参」という概念は出てきません。究極的に、誰も皆、同じだからです。今は聖霊から教えてもらっているとはいえ、いつかは、私たちも聖霊と同じになります。(P17)

(太字は、なおによります)

上記の太字の箇所、

「『奇跡講座』には、「降参」という概念は出てきません。」

ということにハッとしました。

何故なら、このことを学ぶ直前まで、私は赦しの実践をしていて自分が間違っていたことを認める時、必ず、「私の負けです」「降参します」という感情が、何故か分かりませんが自然に湧き上がってきていたからです。
(それで、私は、「ああー! 私は神と戦っているんだ!」と気づいたのですが。)

『奇跡講座』には「降参」という概念はない

ということは目から鱗でした。

聖霊は決して命令したり、強要したりはしない教師であることを以前より理解できたかな~と実感できたのは、昨年~今年にかけて受講していた「決断のためのルール」の講義の学びと実践を通してでした。まだまだ、始まったばかり。これから長い道のりです。

自分が信じ切っている二元的な思考の一つ一つに気づきながら、「ただひとつの神だけが実在している」という完全な一元論を反映している考え方」を聖霊に導かれながら、みなさんと一緒に学んでいけることに感謝いたします。

(2022年7月 byなお)