一生をかけて気長に
「一生をかけて取り組んでいく」、「忍耐」、「気長に」という観点から今までの自分を見てみると、なんて「せっかち」だったのだろうと思えた。
答え、正解、結果、ゴール、そんなものばかりを求めていた。
そのせっかちさは、誰かに対し、
「好きなの?、嫌いなの?どっちなの?」とせまる問いかけにも似ていて、なんとも息苦しく、脅迫じみていた。
そんな風に相手の気持ちを確かめるよりも、ただただ、毎日、愛を伝えていくような日々を、積み重ねていきたいなと思った。
そしてその思いと、
「赦し」や「取り消し」に、一生をかけて気長に取り組んでいくということが、どこか不思議なところで、実はつながっているんじゃないか?
という気がしてきた。
