祈り

親しき人との別れの時、この人の今後の人生が、「幸多からんこと」と祈ることがある。

今日もそのような瞬間があった。どうかどうかこの人が、幸せでありますように。そのような祈りを、善き事と認識していたが、今日は違和感を感じた。

この祈りは何なのだろうか?

それは私がこの世界は戦場であると信じている事の、確かな証拠であるのだなと感じた。どうかこの誰もが殺し合う戦場で、その惨禍にあなたが巻き込まれませんように、私はそのように祈っているのである。この戦場から誰も逃れることはできないのだから、祈ることしかできないのである。

『奇跡講座』は、そのように知覚している原因は、あなたの心の中の決断の結果であると教えている。

それはまだ、私にとって、信じられるものとなってはいない。しかしもしこの祈りとは違う選択肢があるのならば、私はその選択肢に賭けてみたいと強く思った。

私は今ワークブック解説を受講中であるが、この祈りへの違和感のように、主題概念を通して、まったく逆の事を信じていたり、まったく逆のことを行っていることを自覚できるようになってきたと、最近感じている。