分離を信じる材料
「聖霊のレッスン / 「奇跡講座」テキスト第6章Vの解説」p.19 からの引用です。
(Ⅴ.4:4)聖霊は夢と夢の区別はつけない。
これも、差異を見ないという聖霊の心眼です。それによって、夢の中身は問題にせず、ただ「夢を見ていた」ということだけに気づいて、そこから目覚める選択ができるようになります。
「聖霊のレッスン / 「奇跡講座」テキスト第6章Vの解説」
この部分をピックアップして感想を書きたいと思います。
その一つ前の、私たちは、「空想と実相を明らかに混同」(Ⅴ.4:3)しているというのは、私たちは自我と聖霊の違いが分からず、自我を頼り、聖霊を怖がっているということを言っているのだと思いました。
イエスは、「どんなに夢が多種多様であっても……どんなに私たちそれぞれが抱えている問題が違って見えても、無限にあるように思える差異があっても、各々が対立する利害関係の中にいても、それにはこだわらず、夢を見ていること自体が問題であることに気づきなさい」と言っていると思いますが、そこに気づくことができるようになるためには、つまり、空想と実相を混同しないようになるためには、まず、自分が自我を教師にして何を信じてきたかを認識しないといけないのだろうと思いました。
光と闇を区別しないといけないのに、光を忘れていたり、光を闇だと思っていたりするので。
奇跡が訂正しなければならない誤りは、私たちが自分は分離していると信じるという誤りであることを、思い出してください。
『奇跡の原理』p.156
聖霊の教えがシンプルであっても、実践していく上では、自分の中の様々な感情を一つ一つ聖霊に差し出していったり、問題と見えていることを日々教室として回避せず取り組んでいったりという、非常に地道な、時としてとても難しい作業とならざるを得ません。
このコースが、それ自体についてたびたび述べていることは、「時間を省く」ということ以外にもう一つあります。それは、「単純である」ということです(T-11.Ⅷ.1:1,T-15.Ⅳ.6:1)。これは、容易だという意味ではありません。それが単純だという理由は、すべてのものごとを全く同じに見るからです。すべての問題は同じです。すべての人々は同じです。私たちはみな、心のレベルでつながっています。ですから、このことが、すべての問題への解決法を同じにするのです。
『奇跡の原理』p.167
気になったことを片っ端から聖霊に渡していくと、よくもまあ、こんなに分離を信じる材料をそろえたものだと感心してしまうのですが(^^;)、学習・実践を続けていると、自然と、
「問題を聖霊に任せることによって状況はよりよく進むようになる」という原則を信じる
『奇跡の原理』p.143
ことができるように、少しずつですが変わってきたことも確かです。
(2022年7月 by Susan)

