ここで何をするか
『赦すけど忘れない』93〜94ページを読んで、
自分が日常の出来事について、常にそれが良いことか悪いことか判断し、それを心の選択の結果と結び付けていることに気がづいた。
良いことがあれば、聖霊を選択したからだ
悪いことがあれば、自我を選択したからだ
または
聖霊を選択すれば、良いことが起こる
自我を選択すれば、悪いことが起こる、と。
しかし、目の前の出来事について、良いか悪いか(天国か地獄か)と決めているのは結局自分の勝手な判断でしかなく、本当は、良くも悪くもないのではないか?
だから、目の前の出来事(実際の出来事も、想像も)がどうであれ、私はそれをどう見るか、〈教室〉と見るのか、牢獄と見るのか、ということの方に集中しようと思った。
そしてそのように過ごしてみると、いかに自分が、自分の判断で世界を見ているかがわかってきた。
また、目の前の出来事について(想像も含む)、それが良くないことだと自分で判断しているせいで、それを深刻に捉えている、ということにも気づかされた。

