勇気の問題

最近クレーマー対応が多い、
まさに火中の栗を拾いに行くようなものであるが、
私自身が全然燃えなくなっていることに気づいた。

昔は怒りに呼応して一緒に燃えていた私だったが、
今は対岸の火事の如く相手の炎を眺めながら、
淡々と必要なことを説明できるのである。

今日もそんなクレーム対応を行ったのだが、
最後には相手も冷静さを取り戻し、
一旦動揺した私の心も静まりかえり、
最後には何故か勇気を感じた。

「勇気」最近それを時々感じるのである、
それは平安ではなく勇気なのだ。

そして以下の一節を思い出した。

あなたは、自分の行動ではなく心を変えなければならない。そしてそれは、まさに意欲の問題である。

(T-2.Ⅵ.3:4)

意欲とは勇気と言ってもいいのではないのだろうか?
「そしてそれは、まさに勇気の問題である。」

そして勇気についての一節を見つけた。

あなた方は、この世で艱難(なやみ)をもつ必要はない。私はすでに世に勝っている。だからこそ、あなたは勇気を出すべきである。

(T-4.Ⅰ.13:10-11)