ただそれだけのこと

この数年間、すでに成人した一人息子のことで、ずっと苦しみ、悩んできました。
彼が学校を卒業し、社会人になって初めて、金銭管理や文書管理ができないことが分かりました。
やり方を教えたら大丈夫、ひとりでできるようになると思っていましたが、そうはなりませんでした。
少なからぬ彼の未払いの援助(というか後始末)をし、アドバイスを続ける中で、ようやく昨年の終わりごろ、彼は発達障害の可能性があるのではないかということに思い至りました。

そのことを受け入れるのはとても辛く、自分のプライドが許しませんでしたが、それを赦しの教室にできますようにと聖霊に手引きを乞いつつ、できる限り彼に投影している自分の罪悪感、神と自分との関係を見ようと努めました。
息子に感じている怒り、死んでしまえばいいと思うほどの憎しみ、恥をかかされた恨み、苦労して貯めてきたわずかばかりの預金だけでなく、自分の人生そのものを彼によって破壊されてしまうという恐れなど、諸々の感情を感じ切り、「聖霊、どうぞこの間違った選択を私と一緒に見てください」と祈り続けました。

母を亡くしてからずっと、家の庭の雑草取りをしていたのですが、毎日黙々と鎌で小さな雑草を根からとる作業は楽しく、静かに心を探索できる絶好の機会でした。
時々芝生にできたポケットの中から寝ているカエルが跳びだしたり、蛍の幼虫がいたり、30センチ近いミミズが出てきたりなど、そんな楽しいできごとがあったり、外から見える以上に土の中でガッチリと根っこを張っている雑草に、まるで自分の心の中の自我を見るような気持ちでした。

作業をしながらふと、放蕩息子の話を思い出しました。
「あの息子は、無一文で父のもとに帰ったけれど、彼は本当のところ何も失っていなかった。そして父親はそんな彼を責めず、ただいつも愛していたことを伝え、息子を喜んで迎えていたよね」
「だったら、私が自分の息子のせいで無一文になったとしても、本当は私は何も失ってはいないのではないかな」
「失くしたと知覚しているのは、私だけであって、神にとっては何も失われていない」
「ならば、この世界でもしもお金がなくなったとしても、私の安全さは守られていて、私は大丈夫なんじゃないかな」
そんな風に思い、ちょっと安心しました。

そのころ、少しずつ『原因についてのコース』を読んでいました。
その数日前に、家賃の保証会社から「入金が遅れている」との電話があり、鉛を飲み込んだように苦しくて重い心を抱えていました。
なんでこんな子なんだろう、どうして普通じゃないんだろう、なぜ他の親のような幸せが私の手に入らないのだろう。

『原因についてのコース』の中の、

「もう自分が正しくなくていい。ただ楽になりたい」(p.62)

という言葉を読んだとき、心底「楽になれたらなあ」と思いました。
じゃあ私にとって、息子に関して今「正しい」ことは何だろうかと考えました。
それは「息子に私のお金を食いつぶされたくない」ということでした。

では「正しくなくてもいい」ことは何だろうか、と考えました。
それは「私のお金は食いつぶされてもいい」ということ。

すると「ただお金がなくなるというだけのこと」という言葉がパッと湧いてきました。
「ただそれだけのこと。何の心配もない。私はだいじょうぶ」
サーッと潮が引くように胸のつかえがとれ、とても楽な気持ちになりました。

翌日になると、また不安や苦悩に襲われましたが、「ただお金がなくなるというだけのこと」を思い出すと、心がとても軽くなり、楽になりました。

翌週息子と市役所に行き、健康保険税の支払いと更新を済ませました。とりあえず私が立て替え、彼の給料から少しずつ返済することになりました。
いつもの私なら、金額を聞いて血の気が引き、自分の預金が減ることに怒りを覚え、息子を裁き、どうしてこんな子を持つことになってしまったのかと彼と自分の運命を作ったように思える神を攻撃しまくっていたはずなのですが、その時は何の感情も湧かず、「ただお金というものがこっちからあっちに移っただけ。それだけのこと」と思うだけでした。
これが「深刻にならない。それは私に対して力を持たない」ということなのかなと思いました。

この不安のなさ、攻撃心のなさ、穏やかさは今でも続いています。
不安や恐れを感じたときは、「ただなくなるというだけのこと。単にそれだけのこと」を思い出すと、ふーーーっと安心感が戻ってきます。

それがとても嬉しく、また息子を心から愛しく感じられるようになりました。
これまでの彼へのアドバイスは、息子を管理する、私の支配下に置く意図を秘めたアドバイスでしたが、この体験のあと、彼がどうすればいずれ自立・自律して生活していけるかについて、彼の意見やプライドをまず第一にすることや、彼の安心感を目的とした具体的なサポートを、彼と一緒に考えていく方向に変わりました。

( 2023年3月 by jasmine)