自分が思っている平安
自分が設定した通りに物事が進むことが自分に平安をもたらすと考えている自分がいます。
そうなることがわたしにとっての幸せだと思っている自分がいます。
仕事をしていればどうしてもその日の仕事の終わりを見据えた段取りを考えます。
ああなって、こうなって、だから自分はこう動けばいいと考えるのですが、厄介なのがそれに対して他の人達の行動までを自分が決めてしまうということなのです。
要するに他の人達の行動を利己的に決めてしまうのですが、それが実は自分自身を苦しめる原因になっているのです。
その日の仕事が円滑に進むためのルールを利己的に決めている、ということなのですが、当の本人にはそれを正当化できる理由を当然持っていると思っています。
だからそのルールに反することをする人を必ず攻撃することになるのですが、誰もわたしが勝手に決めたルールなんて知らないのだからそのことに対して攻撃されることは筋の通らない話なのです。
当のわたしにとっては、自身の幸せを奪うものと思っているので、当然正当防衛として攻撃することは問題ないと思っています。
そのように自分がしていることを見るようになってきたのは、『奇跡講座』を学び始めたことが原因であることは否定できません。
自分にとっての平安や幸せを自分で決めつけないということ、
今まで自分はそれを知っていると頑なに信じてきたこと、
それは今もそうなのですが、それでも自分が苦しんでいる原因を作り出しているのは自分自身だった、と思える自分がいることに気づくことが、だんだんとできるようになってきました。
(2020年3月by thebeloved)

