「つながる」ということ

久しぶりにこのV#24: 「つながる」ということの意味は?を視聴した。

とても素晴らしいビデオ講義だと思った。私が素晴らしいと思ったのは、「つながる」ということについて、一般的に思い浮かべがちなことと、『奇跡講座』が意味している「つながる」ということとの違いについて、ワプニック先生が分かりやすく、的確に要点を押さえて、明瞭にその違いをはっきりと述べられている点だ。私たち『奇跡講座』受講生にとって、このビデオは何度でも何回でも見る価値があるな、と個人的には思った。

「つながる」という言葉だけ聞くと、どうしても、「他人と仲良くする、和解する、コミニケーションの断絶を解消する、意地悪なあの人を許す」という風に捉えがちだと思う。しかし、『奇跡講座』の教える「つながる」とは、そういう意味ではない。

この「つながる」という概念も、このコースの中でいとも簡単に誤解されてしまう概念の一つです。

私たちは、「兄弟とつながるように」、「聖霊とつながるように」と、私たちは常に求められています。

けれども、このコースの中のあらゆる文言と同じく、これもまた、厳密に文字通りのことを意味しているわけではないのです。

V#24: 「つながる」ということの意味は?

もし、「つながる」ということは、「他人とつながること」だと信じるなら・・

あなたは誤りを実在させ、相手をそこに存在させていることになりますが・・

・・とりわけ、「心の外」の世界を、あなたの訂正の対象としてしまっています。

「心の外」の世界を「夢の源」に戻る手段として使って、選択しなおすということを、していません。

『奇跡講座』における「つながる」というのは、すでに存在している一体性を受け入れることを意味しています。

V#24: 「つながる」ということの意味は?

繰り返しになるが、『奇跡講座』は、「つながる」ということについて、私たちの抱くイメージとは全く違ったことを述べているのだと思った。

すなわち、常に方向は「内側」を向いており、決して「外側の世界」ではない、ワプニック先生の解説を視聴すると、見える景色・受ける印象が全く異なってくる。だからこそ、『奇跡講座』は他の霊性の教えや宗教とは「異なる」(しかし「優れている」わけではない)のであり、『奇跡講座』を学ぶ以上は、この点をしっかりと自覚するべきだな、と改めて思った。