恐れとは攻撃である

激しい抵抗にもがき苦しみながら、やっとわかってきた気がする。

「恐れとは攻撃である。」

レッスン23 攻撃的な考えを放棄することで、私は自分の見ている世界から脱出できる。
今日の主題概念の中に、恐れからうまく脱出できる唯一の方法が含まれている。これ以外の方法はうまくいかず、ほかのすべては無意味である。しかし、この方法は決して失敗しない。

(w-pi.23.1:1-3)

攻撃的な考えを放棄することで、恐れから脱出できる。

練習時間には、必ず、攻撃することについての考えと、攻撃されることについての考えの両方を対象とするようにする。それらはまったく同じものなので、それらの結果もまったく同じである。あなたはまだこのことを認識してはいない。

(w-pi.23.7:1-3)

それらはまったく同じものなので、それらの結果もまったく同じである。


「V30:神に対する憎悪に触れる」より、引用

「自分は神から分離したし、神を攻撃した」と信じていながら、罪悪感を感じないということはできませんし・・・

そうなると、それを外に投影して、神が私たちを攻撃し返すと信じないわけにはいかなくなりますから、神を憎悪するということも、避けられません。 投影するなら、神を憎悪するということは避けられない。

V#30: 神に対する憎悪に触れる

激しい恐れを前に、いつも立ちすくんでいた。恐れを見ようとしても、怖くて直視できなかった。何故か、私は自分を殺したかった。

そして時々、恐れに変わって、激しい怒りが噴き出してきた。何故か、私は神を殺したかった。

私は攻撃的な考えを投影して、恐れを知覚していた。
そして原因(攻撃的な考え)を忘れてしまっていた。

「恐れとは攻撃である。」

そのことを知覚した時、
心の闇に光が射した。