すべての人の権利なのです。
『奇跡の原理』の前回の読書会の範囲をもう一度読み直してみたところ、以前には余り意識しなかった以下の部分に惹きつけられ、新鮮な感じがしました。
肉体とは、「私たちは分離している」という想念が投影されたものです。
『奇跡の原理』P91.L8~9
自分が肉体であること、人も肉体を纏っていること、そして自分以外に同じように肉体をまとっている人が存在していること、私にはこれらの光景はあまりにも当然すぎて、今まで疑ってもみなかったことです。
けれども、今回改めてこの文章を読み、これは私の「分離の投影」なのだということが、胸の奥に染み込んで来ました。そして、究極にはこの世界は全て幻想なのですが、私はそうは言いながらもその実在性を少しも疑ってみてもいないことが、まだどれ程あるのだろうかという気がしました。
奇跡とは、自我の知覚から、聖霊の知覚へと移行することです。それが奇跡というものです。そして、それはすべての人の権利なのです。
『奇跡の原理』P100.L7~9
読書会でここを読んだ時は、この「権利」という言葉について違和感があり、私には「やらなければならないこと」というニュアンスの「義務」という言葉の方が、寧ろピッタリくるような印象を受けていたのですが・・・
今回は、この「権利」という言葉を、「喜ばしい」ニュアンスを帯びた言葉として違和感なく受け止めることができました。学びや実践を通して、「奇跡」についての自分の知覚がこのように変化したことに、ちょっとした進歩の跡が見えたように思えて嬉しくなりました^^
(2023年7月 by クマ )

