闇を直視する

【質問】No.122(orig.#786)
闇を直視しようとすると、『奇跡講座』をやめたくなるのですが、どうしたらいいでしょうか?

を読んでの感想です。

質問の最後のところ

もし私が、愛だけに焦点を合わせるようにしたら、私は怒りや欲望や貪欲さなどを否認していることになるのでしょうか?

そして、ワンポイント解説「否認のもつ力を見くびってはならない」の

「闇を直視せずに愛や光のみを語ることが、実際には、恐れを保護し、継続させている」

ワンポイント解説「否認のもつ力を見くびってはならない」

ここを読んで、自分の学び始め頃を思い出しました。

とにかく辛くて、この状況をなんとかしたいと思っていた時は、愛や光に救いを求めていました。

学び始めの頃は多くの人々がそういう段階を通過していきますから、それはそれでかまいませんが、そこに長く留まらずにもっと先まで進みたいなら、私たちは「否認のもつ力」を見くびらないように注意していなければなりません。

ワンポイント解説「否認のもつ力を見くびってはならない」

今のこの辛い状況をなんとか変えたいと必死に願い、愛や光について考えた時の一時的な心の平安を唯一の救いとし、それをつなぎあわせる事でなんとかやり過ごしていました。
それでも少しずつ状況は改善されていき
それに伴い心の平安を感じることも多くなり、必死さからではなく、落ち着いて学習できるようになってきました。

そしてJACIMを通じてワプニック博士の解説のみで学習をはじめ、実践を続けていると
一時的な平安では満足できず
もっと先に進みたいと思い、完全な移行、二度と戻らない根本的な変化を望むようになりました。

世界の苦しみや葛藤を終わらせるという素晴らしい理想は、
すべての人々の中にあるこうした闇の部分に人々が注意を向けない限り、達成できるとは思えません。

ワンポイント解説「否認のもつ力を見くびってはならない」

それには闇を見つめることが大事だとわかったのですが、これがなかなか
一筋縄で行くようなものではありませんでした。

否認/否定 [denial]

間違った心の状態における意味: 罪悪感を作り出した決断を自覚の外に追いやることによって、罪悪感を避けようとすることであり、それにより罪悪感が訂正からも贖罪からも遮断されてしまう。「抑圧」とおおよそ同義語。「ではなく自我が私たちの源である」という自我の信念を保護するために用いられる。

『奇跡講座』のための用語解説・省略版

「罪悪感を作り出した決断を自覚の外に追いやることによって」を読んだ時に
ならば、罪悪感を作り出した決断を自覚すればいいのでは、と思いました。

心が分離を選択するとき、そのあと心が行なう最初のことは、それが自分の選択だったということを否認することです。自我が分離という幻想を実在するかに見せかけるにあたって、この〈否認〉が、自我の成功の鍵を握っています。ということは、〈否認〉こそが、自我の思考体系の土台をなしているということなのです。だとすれば、自我への信念を取り消そうとするとき、最も重要なステップの一つは、「否認されていたことを明るみに出すこと」だということになります。もしそれが露わにされたなら、もはや否認されていないことになります。

【質問】No.122(orig.#786)
闇を直視することへの抵抗

何重にもなった否認と防衛の層を実践で明るみに出していく
頭ではわかっていても、それは恐れや抵抗を伴いとても手強く感じられ
また、やっと露わになっても、そのスケールの大きさに愕然としました。

私たちには、自我の思考体系をもっと詳しく見る準備ができている。なぜなら、私たちが共に居れば、それを一掃できるランプがあるからである。そして、あなた自身も自分はそれを望まないと気づいているので、準備ができているはずである。

(T-11.V.1:3)

スケールの大きさに気づけば気づくほど、聖霊を頼るようになっていきました。
そして何より私は強く、強く、それを一掃したいと望みました。

(2019年9月 by アムロ)