腹痛の合間に

先日、腹痛の合間に経験したことを、忘れないように書いておきたいと思います。

その日、読書会でいくつかの投稿を読んでいて、「自分が消える」という、その瞬間のことをパッと思い浮かべたからか・・・・一瞬、ハッとした感覚になり、でもその後は考えるのをやめてしまいました。その後で強い腹痛が起こったのです。

痛みの強さが刺激となり吐き気も出てきて、本当に辛かったのですが、これも自分が選んでいるんだなぁ、私は肉体として存在していたいんだなぁ、と思いました。

この状況をイエスに一緒に見てもらおうと思って祈りました。

するとスッと痛みが消えたのです。その瞬間、私の感覚の部分が肉体からほんの少しだけズレたのをはっきりと感じました。

そして、ああ、こういうことか、と思ったのです。

でも、その状態を私は維持することができなくて(というか維持する気力がなかった)またすぐに肉体としっかりと結びついて強い痛みが戻ってきました。

イエスは自我を放棄していたから肉体とは結びついていなかった。

だからイエスに苦しみはなかった。

何が真実かを知っているイエスにとっては十字架刑はどうということもなかったのだ、ということが理解できたような気がしました。

十字架形の唯一のメッセージは、あなたは十字架を克服できる、ということだけである。

T-4.序.3:8

ここを読んで以前は恐ろしく感じたのですが、イエスが言っていることは本当なんだろう、と感じることができました。

夢を見ていたんだ、ということに気づくのであり、恐ろしいことでも何でもなく、この上なく幸せなことなのだろうと思いました。

だからイエスは「目覚めなさい」と言っているのですね。

私が腹痛の中で体験した、ちょっとズレる感覚がもっとできるようにトレーニングする、というのは違うのだと思いました。

やるべきことは日々の〈赦し〉なのだと思います。
それを続けることによって、自然とそうなるのだと感じました。

( 2023年2月 by たんぽぽ)