〈要チャレ №8〉の要約発表&感想

〈要チャレ№8〉【質問】No.138 進路の決定への自己概念の影響は?

たくさんのご参加、ありがとうございました(^O^)/

私たちの深いところにある罪悪感の層は、無意識のうちに、この世界における生活を、様々な形で動機づけることになる。自分を咎めるが故に自分を成功させないようにしたり、また無意識レベルでは偽りの人生を生きていることを知っており、それが暴露されることを恐れ、目立たない後ろの方と思える役目に留まろうとさえする。この世界の中で次の進路を決めることができないことが問題なのではなく、私たちが神を犠牲にした結果としてここに居ると信じていて、それについて自分で何とかしておいた方がいいと思っていることが真の問題であり、間違った信念を取り消すことを学ぶレッスンとなる。また、心の中で選択されたものが、全てを導くことになる

sin

学ぶ者から施術者への移行の難しさ、目立たない後ろの方に留まり進むことに躊躇するのは、私たちが神からの分離を信じ、それゆえに多大な代価を払わなければならないと思っていること、罪悪感に苛まれた自己概念に起因することが多くあります。無限なるものから分離することは不可能であり、それゆえに、私たちが自分自身の罪を咎めることは正当化できません。これが贖罪の原理です。「源から分離できる」という「小さな狂った考え」 を笑い飛ばしてしまいましょう。

マーヤ

この世界の困難は罪悪感に苛まれた自己概念と関係している。この罪悪感が私たちの生活を様々に動機づけるが、真の問題は、「私たちが神を犠牲にした結果、ここに居て、その行為ゆえに代価を払わなければならない」という自我の作り話を信じて、「自分で何とかしておいた方がいい」という選択にある。贖罪の原理を説く『奇跡講座』を学んでいる私たちは、この世界を教室として捉え、困難の根源にある間違った信念を取り消し、「源から分離できる」という「小さな狂った考え」 を笑い飛ばすことをどのような役割や職業やキャリア、レベルにおいても行うことができる。そうして私たちの心の中で選択されたものが、私たちが担う役割を導くことになる。

Sakurah

進路の決定への困難は、罪悪感に苛まれた自己概念と関係しており、これがこの世界を動機づけている。無意識のレベルでは、偽りの人生を生きていることを知っていて、暴露されることを恐れている。そのジレンマに対する解決策として、次の進路を決めることができないことが問題なのではない。真の問題は、神を犠牲にした結果個人として存在し、自分で何とかしておいた方がいいと思い込んでいることだ。これは、事実ではない。無限なるものからの分離は不可能で、罪を咎めることは正当化できない。この世界を、源から分離できるという小さな狂った考えを笑い飛ばしながら、根源にあるすべての間違った信念を、取り消すレッスンを学ぶ教室と捉える。

リリー

自分の進路を決めなくてはならない時に、人々の上に立つ権威の座につくことを避けようとしたり、自分が成功しないように「目立たない後の方」の役目につこうとしたりする場合、その人の心の奥に潜む「罪悪感に苛まれた自己概念」が影響している可能性が高い。「自分は神から分離した」と信じ、神の処罰を恐れているため、その処罰を軽減させる方法として自らを罰する、という構図である。あるいは、自分が権力を持てば人々を傷つけてしまうという恐れを抱き、後ろに退く、という場合もある。

そうした状況は、自分を悩ませているように見えるものが何であれ、その根元にある間違った信念を取り消すことを学ぶための〈教室〉となり得る。

モリヤマ

この世界の生活で、私達の役割や職業や進路を決定付けるのは、大抵罪悪感に苛まれた自己概念が関与する。

この罪悪感は、神から分離した私達は死罪に値する程の厳しい罰を神から受けるという自我の虚言に根ざしている。

私達は無意識レベルで罪の暴露を恐れている為、世界での成功を放棄し、後方の目立たない役割に留まろうとするかもしれない。

コースは無限の神からの分離は不可能で、罪を咎める事は正当化されないと教える。問題は自我の虚言を信じた私達の心の中の選択なのだ。

生活や人間関係で自分を悩ます全てが、根源の間違った信念の取り消しを学ぶ教室となる。源から分離できるという小さな狂った考えを笑い飛ばすのを忘れない事が肝心だ。 【300字】

クマ

私たちの生活は神からの分離による罪悪感に苛まれており、この世で成功しないことにより神からの罰を軽減してもらおうとすることもある。
また無意識のレベルではこの罪悪感に動機づけされた人生は偽りだと知っており、それが暴露されることを恐れ目立たない立場に留まろうとすることもある。
しかしこれは存在しない問題に対する不適切な解決策である。
私たちは自分が個人として存在し問題のすべてはこの世界のせいだと信じているが、『奇跡講座』は分離は不可能であり自分自身を咎めることは正当化できないと教えている。
問題は心の中の選択であり、この世界を教室とし分離できるという小さな狂った考えを笑い飛ばすことを目的とする。

JO1

進路が決まらない等の問題の多くは、罪悪感に苛まれた自己概念と関係している。罪悪感はすべて、究極的には、「(本来不可能な)神からの分離=罪」という自我の反応に根ざしており、無意識のうちにこの世界で成功しないようにする等、様々な形で現れる。私たちは、私たちの問題は物理的心理的自己を含む世界全体のせいだと信じている。しかし真の問題は、自我の作り話を信じることを心の中で選んでいる、私たちの選択自体である。このことを認識して、世界を教室と捉え、自分の悩みの根源にある間違った信念を取り消すことを学ぶレッスンとすること、「源から分離できる」という「小さな狂った考え」を笑い飛ばすことを忘れないでいよう。

ナイト

意思決定を阻む自己概念の影響は罪悪感分離を信じている自我の反応は罰を受けるに値する罪だったという

罪悪感に苛まれた自己概念に関係している。

全く成功にふさわしくない個人としての自分を咎めている無意識レベルで偽りの人生を生きていることを知っており暴露されることを恐れている。

真の問題は分離を信じて罪、罪悪感を恐れという自我の作り話に耳を傾け個人として存在を思い込み自我を選択すること。

私たちが自分の人生に与える、新たな目的は源から分離できると言う小さな狂った考えを笑い飛ばす。

これをどんな場面レベルでも行うことができ、私たちの心の中で選択されたものが、私たちの役割全てを導くことになる。

のっち

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