歯の痛みと赦し
つい最近、突然歯の激痛がやってきた。
あまりの痛さに久しぶりに痛み止めを服用するも、半分くらいしか軽減されない感じだった。痛みが酷いので、その日は早々と寝ることにした。
寝ていた時は歯の痛みとは全く関係ない夢を見ており、夢の中の私も痛みを感じることはなかった。
そして、夜中ふと目が覚めた。
目が覚めた瞬間は痛みを感じてなかったのに、意識が戻ってくるにつれ、痛みがまた復活してきた。
寝ていた時には痛みを感じていない…..起きたすぐの瞬間も….
これってどういうことだろう???
と、思いながらも、しばらくしてまた痛み止めを服用して眠りについた。朝になり起きてもまた同じだった。。。起きた後にじわじわと痛みが復活してくる。
そして、また昨夜も同じだった。
その日は、夕方にキャンセルが出たという連絡が入り歯医者に行ったが、麻酔の途中に今までにない悲鳴をあげていた。斬りつけられるような激痛をくらうことになり、治療は中断、とりあえず抗生物質で炎症を抑えてから、後日治療しましょうということになった。
真の痛みは肉体からの痛みではなく、心の中で自我を選んでいることによって感じている痛みなんだよな〜と、痛みが出た時から思っていた。けれどもこの歯の痛みをどうにかして欲しい、どうすれば…と自我に質問を繰り返していた。
でも、それに気づいたら聖霊に質問をし直しすようにした。それは何度も繰り返された。
私は間違った質問をしていた、問題が何かをわかっていません。何が問題なのかを認識できますように。。。聖霊教えて下さい。。。
相変わらず痛みは続いていた。こんな痛みは耐えられない、死んだ方がマシという気持ちもわかるような気がした。
痛みを忘れられるのならば、ずっと眠っていたい、この歯痛の夢ではなく、違う夢を見たい、そのために睡眠薬が欲しいとさえも思った時もあった。
そして、今日ふと…
私は眠り続けたいのだ、それくらい心の中でとてつもない苦痛を感じているのだ。眠ること、また違う形の夢を見ることで、その苦痛から逃れられると思っているのだと、気がついた。
その時に、罪悪感の巨大さを一瞬だけ垣間見た感じもした。
そして、聖霊に罪悪感を取り消してもらうことではなく、苦痛を忘れたい、逃れたい、と思っていたのだ。
けれども、自我の声を信じている限り心の中での痛みはずっと温存されたまま。。いくら魔術を使っても、痛みは少しはマシになったように感じるが、無くなってはいないことも実感された。
歯の痛みが出てから、聖霊と自我を行ったりきたりしているのがよくわかった。
聖霊と共に決断できたかはわからないが、決断のためのルールを練習したのは確かだった。
痛みを超えて行くこともできると知っている聖霊がいる、そう思えなかったならば、歯科医を猛攻撃していたかもしれない。
噛み合わせの治療で、この2年歯医者に通っている。先生もとても優しい先生のように思っていたが、噛み合わせが変わってきたことで、違うところに支障をきたしたのは歯科医のせいだとしたい力動があるのにも気づいた。自我の強烈な“耳撃ち”は何度も何度も言葉を変えてやってきた。
確かに、攻撃するためにこの夢の中に歯科医を置いたのは、心の中で自我を選択した「決断の主体」としての私だろう。でも、それはもう必要ないや、誰かを攻撃するための夢はもう嫌だ。。。
自我の“耳撃ち”を信じないぞと。
私は聖霊を信じ続けようと思った。
痛みは続いているが、聖霊を信じていくことで、勝利への道は確実なのだという言葉が響いていた。
痛みは続いているが、今はそれはそれなのだ。
けれども私は聖霊の手を取り、罪悪感を癒したいという思いは変わらない。
分離は起きていないという声だけを信じようと思った。あとは私にはわからない。肉体の痛みが消えようが消えまいが、私がすることは聖霊の元に自分の誤った信念を運ぶことだ。
痛みから逃れる為の悪夢ではなく、幸せな赦しの夢が見たい。
苦痛を超えた地点にいる聖霊にいつも教えてもらいたい、いつも夢を見ている者としての自覚でいたいと思った。
そのためには、今はしっかり理論を理解していかなきゃいけないな。。。
そして、今出来る範囲で練習を積み重ねていこうと思った。
まだまだ、これからなのだ。
( 2023年9月 by ブルースカイ )

