夢について②

この全宇宙史を包含する世界の夢想はもともとは(実相に対する)一つの代替にすぎなかったのだ、とテキスト18章のI.「実相の代替」に書かれていました。でも我々個には一つの夢とはまるで思えません。個人個人がそれぞれに主人公となってこの世界を歩んでいるようにしか見えません。まるで粉々に砕け散ったガラスの破片は、もとの1枚のガラス板であったことは想像もつかないように。

テキスト18章.I「実相の代替」に、この分断に分断を重ねた様子が克明に綴られていたので引用してみます。

神は恐れであると信じているあなたは、ただ一つの代替を作り出しただけである。それは数多くの形態をとるに至ったが、その理由は、それが真理を幻想に、全一性を断片化に入れ替えるという代用だったからである。それは分裂し、細分化し、さらなる分割を幾度となく繰り返してきたため、かつて単一であったし今も単一であると知覚することは、今ではほとんど不可能となっている。真理を幻想へ、無限を時間へ、生命(いのち)を死へと運んでしまったその一つの誤りだけが、あなたが犯した誤りのすべてであった。あなたの世界全体がその上に成り立っている。あなたが見ているすべてがそれを反映しており、あなたがこれまでに作り出してきた特別な関係のどれもがその一部である。[T-18.I.4]

私も以前からすこし不思議に思っていたことですが、各々が個人的なドラマを演じていながらも、時間、空間、重力、その他さまざまな科学的、医学的法則などを共通基盤としてこの世界を歩んでいることについての疑問に対して、もともとは単一の想念に端を発しているということで説明がつくということが「赦しのカリキュラム」に書かれていましたので引用します。

質問15.私たちが私たち自身を分離したものにしたというのなら、私たち全員が、物質について同じ属性を知覚したり、物質の基本的な特性について合意したり、その法則性を経験したりしているように見えるのは、どういうわけなのでしょうか?

回答:分離の想念が生じたかに見えたとき、それは単一の分裂した心の中の単一の想念でした。分離の思考プロセスが進んで、この物理的宇宙を作り出すという頂点にまで達したとき、このひとつの想念が何十億という断片に分割されたかに見えました。この断片の一つひとつが原初の分離の想念がもつすべての側面を内包しています。ですから、断片のように見えるそれぞれが、あの実体のない分離の想念からくる結果のすべてを経験することになります。たとえば、宇宙の生成に内在する天文学的法則、物理学的法則、化学的法則、生物学的法則といったものを、それぞれの断片が経験します。そうして、あの単一の自我の想念が多数であるかに見えます。人々が一方ではこの世界についての共通の知覚を共有しながら、もう一方では、非常に私的で個人的な嗜好や、知覚、経験を有するというパラドックスが、これにより説明されます。最終的には、すべての分離したかに見える心はひとつのものー単一の分離の想念ーですが、それぞれの断片は分離しているかに見えますし、それぞれが、自分は他とは異なり、他から独立していると信じているということです。

[書籍「赦しのカリキュラム」p.65~66]

夢について③に続く