投影に気づく
読書会の方で、投影の見方が変わるきっかけをいただいてから、出来るだけ投影に気づくように過ごしています。
この世的な幸せや穏やかさを感じていても、可もなく不可もない感覚の中に、どこか「逃亡者」のような後ろめたさを感じたり、
どんなに美しい景色や場所にいても、隠し事がある(上手く赦しができない)時は、何をやっても重苦しい気持ちからは解放されません。
それに、この世的な幸せに気分を良くしていても、それが神への攻撃となっていると気づいた時の恐ろしさと言ったら…いてもたっても居られないものです。
取り返しのつかないことをしてしまった!という、とてつもない罪の意識に背筋が凍るような緊張感を感じたことを思い出しますが、これらは「私さえ良ければいい」という利己的な考え、つまり「除外」という、自我の分離の想念によるもの、そして「否認」と、色々とつながってみえました。

