選んでいるのは、自分

我が家の台所の蛇口は、水がポタポタ漏れていた。一日に何度も、「ポタン、ポタン」という音に気づき、そのたびにギュッとしめにいく。時には、「水が漏れてるよ」「ちゃんとしめたもん」「だって漏れてるじゃん」「もー面倒くさい!ジャンケン」「なんでジャンケンなん!」と親子喧嘩になったりする。

修理しなきゃな、と思いながら、知らない業者に頼んで高い修理費を請求されるのが怖くて、「ま、いっか」とそのままにしていたら、7年がたっていた。

先日、ふと思い立ち、ネットで調べて業者に来てもらい、無事ピカピカの憧れのシングルレバーの蛇口をつけてもらった。業者さんに、「よく辛抱してましたね。今どきこの、赤と青が二つ付いて回すタイプの蛇口は珍しいですよ。使いづらかったでしょ?」とひどく同情され、「えぇえぇ、7年間、ずっと耐えてきました」と言いながら、自分でも、なんでもっと早く変えようとしなかったんだろう?その気になれば、修理費の問題は解決できたのに・・・と不思議に思った。

このところ、講義室でワークブックのレッスンを丁寧に復習し、実際に、解説に沿って主題概念を実践するようになった。それにより、これまでとは全く違った実感を伴った理解というものができるようになった気がする。

その観点から今回のことを振り返ってみると、私は蛇口の交換に恐れを見ていたのではないかと思えた。

私はずっとこの世に絶望してきた。生まれてからずっと愛を探し彷徨ってきたが、どこにもなかった。今度こそ!必ず今度こそ!これならいける!と希望を持ち目を輝かせて近づいても、最後は必ず矛盾が立ちはだかり、行き止まりになった。

愛なんてどこにもない。これが私の出した答えだった。だから、それを証明するために、自分の周囲にたくさんの恐れを見ている必要があったのではないか。

しかし、今、そのことに気づいたので、もう工事から逃げる(防御する)必要がなくなったのではないか。

新しくなった蛇口はこれでもかというほどにピカピカに輝いていた。一番初めにジャーっと水を出し、「おぉ!かっこいい!」と感動し手を洗ってみたのだが、手も一緒にカッコよくなったような気がした。

それを見ていたら、あらためて、「なんで今まで変えなかったんだろう?」「なんでこんなに長い間、無駄な辛抱をしていたのだろう?」と思えた。

もしかしたら、私が恐れや罪悪感を手放せば、もっともっと幸せはそこら中にあふれているのでは? と思えてきた。何も大金持ちになる必要なんてないんだ、幸せはそこら中にあふれているのに、私が見ていないだけだったんだと思った。

(2020年7月 by アムロ)