「単純・明快・直截なコース」
今日は、「ワプニック博士の『奇跡講座』解説 小品集(1)」の中の、「単純・明快・直截なコース」を読みました。
なぜイエス先生が「単純・明快・直截」という特徴を重視し、ワプニック先生が、そのことを取り上げたのか考えてみました。
このコースの「単純・明快・直截」さは、その本質に関わることだと思いました。
このコースは、結果ではなく原因に、形態ではなく内容に、目を向けさせるものゆえに、「単純・明快・直截」なのだと思いました。
分裂した心に対する、選び直しなさいという導きが、一なる心から発せられ、それが形となったものがこのコースであるゆえに、「単純・明快・直截」なのだと思いました。
いわゆる個人ではなく心に向けて、ひとつであることに目を伏せる心に向けて、神と神の子の記憶をもつ心に向けて、発せられたものであるがゆえに、「単純・明快・直截」なのだと思いました。
そして、心であることを拒絶することから複雑さが立上がります。そこにあるのは、罪悪感・愛への恐れ・否認・投影という馴染みのある力動です。
この論文の本論についての考察は、まだまとめきれていません・・・。
今の私にはとても大切な論文で、いつか思ったことをまとめてみたいと思っています。焦らずじっくり取り組んでいきたいと思っています。
「単純・明快・直截」な特徴がよく現れていると私が感じとても印象に残っている言葉があります。
絵を見なさい。両方の絵を。(T-17.IV.12:8-9)
私の大好きな言葉です。
