居心地の悪さ

生まれてこの方ずっと、この世界に居心地の悪さを感じてきた。

しかし、心の中の空白を見つめていると、最近になって、この世界の居心地が悪いのではなく、心の中にいること自体に、居心地の悪さ、逃げ出したいという気持ち、恐れ等を感じているということが、はっきりと自覚できた。

この居心地の悪さに関連して、【質問】No.105 「もう、ここには居たくない」を読み返してみた。

この世界から出たいという深い憧れのようなものは、実際には、「自分が自我として存在することがもたらす惨めさから逃れたい」という思いの反映なのかもしれません。

【質問】No.105 (orig.#1331)
「もう、ここには居たくない」

「深い憧れ」を私も感じている。

「自分はここに居たくないと思っている」と認識することは、『奇跡講座』の学びがもたらす、普通のことであり、予測可能な一つの結果ですが、それだけではなく、実は、非常に重要な結果なのです。

【質問】No.105 (orig.#1331)
「もう、ここには居たくない」

この居心地の悪さという感覚は、冷たくて苦しくて嫌な感覚だが、ここでワプニックさんは、それは学びがもたらす重要な知覚の一つだと、励ましてくれているように感じる。

「しかし、あなたの中には父の家を探す幼子{おさなご}がいて、その子は自分がここでは異邦人だと知っている。・・・・あなたの父がわが子として知っているのは、この幼子である。自分の父を知っているのも、この幼子である。彼は家へ帰ることを深く絶え間なく欲しており、彼の声は少し休ませてほしいとあなたに訴えている。・・・・・・彼はわが家のことを絶え間なくあなたにささやき続ける。」(W-pI.182.4:3; 5:2-3; 7:4)

【質問】No.105 (orig.#1331)
「もう、ここには居たくない」

「異邦人」、「家へ帰ることを深く絶え間なく欲している」という描写が、自分の感覚にぴったりくる。

「あなたは自分自身を眠らせて、自分が自分自身に対して異邦人となり、誰か別な者の夢の一部にすぎないものとなったという夢を見たのであり、それ以外にはまったく何も起こっていない。」(T-28.II.4:1)

【質問】No.105 (orig.#1331)
「もう、ここには居たくない」

私は、何故居心地の悪さを感じるのかと考えているが、その理由は私が自分自身を眠らせて、神の子ではなく自我となり、分離の夢の一部になったという夢を見たからである。

「あなたがまだ眠っている間でも、何を目的として夢を見るかにより夢を選択できるということを、奇跡は教えてくれる。・・・・夢は、あなたが見せてもらいたいと思っているものを描写するという点において、記憶と同じである。」(T-28.II.4:3,5)

【質問】No.105 (orig.#1331)
「もう、ここには居たくない」

そして、私が眠っている間も、何を目的として夢を見るかにより、夢を選択できるということを、奇跡は教えてくれる。

私たちが、一見残酷な外的な力に脅かされ、遅々として進まない岩だらけの霊性の旅路に苛立ち、ここを牢獄のように感じたくなるときには、次の言葉を思い出すといいかもしれません。

【質問】No.105 (orig.#1331)
「もう、ここには居たくない」

私が心の中で居心地の悪さを感じるとき、次の言葉を思い出そう。

「この世界について別な見方がある。世界の目的は私がそれに与えた目的とは違うのだから、世界については別な見方があるはずだ。私はすべてを逆さまに見ていて、私の考えは真理とは正反対になっている。私は世界を、神の子の牢獄として見ている。それならば、世界は本当は神の子が解放される場所であるに違いない。私は世界をあるがままに眺めて、それを、神の子が自らの自由を見つけ出す場所として見たい。」(W-pI.57.3)

【質問】No.105 (orig.#1331)
「もう、ここには居たくない」

私はこの居心地の悪さを、これまでとは違った見方で見たい!

(2022年4月 by ようすけ)