面倒な人は私だった

先日、夫と一緒に、とある案件でスケジュールなど決めていた時。私のプランに意義を唱える夫。彼には時間に対するこだわりが多い。彼の理想的な時間との関わり方に照らし合わせると、私のそれは少々無謀らしい。私は全く気にならない観点なのだが、どうしても納得いかないらしい。めんどくさいヤツだな〜と思って、最終的に彼に決めてもらった。

この間、ずっとイライラしていた私。イライラは残る。

さて…、めんどくさいヤツは、本当は誰なんだ?って話ですよね。

あれあれ?あたしか!

私の中のめんどくさい部分、各種こだわり、それを夫に投影していただけなのか。ずっとそうやってきたのか?

が〜ん!

ずっと彼がめんどくさいヤツだと思っていたのに…、一番めんどくさいのは、自分だったってオチ。

心の私が自我を選択しているから、そういうことになるわけですね。

私の中のめんどくさい部分を見たくて、証明したくて、夫だけでなくいろんな人に投影してきたのですね。

(そういえば、結構いろんな人を、めんどくさい人だな〜と思ってきた私であります)

で、このままイライラを感じることを選択し続けることもできれば、平安を選択することもできるわけですね。私は平安を見たいです!

は〜、聖霊よ、私が聖霊の思考を選択できるように、助けてください。聖霊の目的で、この世界を見ることができますように。

最終的に彼が決めたスケジュールは、当初の目的とはちょっとずれていたのだけど、彼はそこに気づいていないみたい。

私の中では、まあ、別にそんなことは問題じゃないね…という感覚におさまったようです。

(2021年11 by  hirolin)