〈特別な関係〉の原型
冊子「思考の逆転」で〈特別な関係〉の原型(35-38ページ)と言われている領域について考えてみました。
このあたりを意識するのはかなりキツイことです。
そこよりずっと表面に近いところでは、憎しみの対象としての他者に対しては、「神の代理として、私が罪ある彼をほろぼす」であり、その裏では「神は罪ある彼をほろぼし、罪のない犠牲者である私を免じてくださる」という思いとして現れていると思います。そう思うために、私とは違う具体的な対象としての他者が必要なのだと思います。
結局、他者を攻撃することで自分は救われるという思いの裏には、神に対する恐れは実在するという信念があり、他者を攻撃することでその信念の真実性が保障されていくということだと思います。
他者との関わりですが、相手を分離した肉体と見ることは、他者を自分の攻撃の想念の投影として見ているわけで、赦しはその想念を赦していくことだと思うのですが、他者との関係の根底には神との関わりがあり、結局は、他者を恐れの象徴として見ているのに気付き、それを越えて共有される救済を見ることを学んでいくことが、恐れの神という信念を取り消していくことになるのだと思います。
〈特別な関係〉の原型としての神との関係というのを意識するのは非常にキツイものですが、この機会に、それに言及されているテキスト、ワークブックの記述を読み直してみたいと思いました。

