思い出させてほしいと求める
一昨日の夜、寝る時間になって少し恐れを感じました。
「ああ、またこのパターンだ」と思いました。
平安や喜びを感じた後に恐れを感じることは、これまでも何度か経験しています。
神に近付くことが恐い、ということですね。
こういう恐れを感じた時の対処の仕方は自分の中ではわかっているので、別に大丈夫だな、と思いました。
好きなピアニストの演奏を聴いているうちにうとうとしてきて、そのまま気持ち良く眠りにつきました。
昨日は夜になって強い欠乏感を感じました。
自我を選ぶってこういうことだよなぁ、と自分が感じた一連の流れに納得したのですが、イエスに助けを求めるとかそういうことはしませんでした。
今朝になり、何となくやる気が出なくて、
「今日は別に家事はそんなにやらなくていい。(いつもそんなにやってませんが)
とにかくお茶を飲みながら考えよう。何を考えるのかわからないけど…」
とお茶を入れ、ヨンデミルを開いてテキストを読みました。
昨日読んでとても印象的だった部分
聖霊の声は、あなたがもといた場所でありいずれ再び戻ることになる場所に戻るようにと、あなたに呼びかける声である。この世界にいても、その声だけを聞き、他の声は聞かないということは可能である。それには、努力と、学ぼうとする強い意志とが必要である。それが、私が学んだ最後のレッスンであった。
T-5.Ⅱ.3:8-11
ここをもう一度読んでから
誤った声に誘惑された時には、私に呼びかけなさい。そして、私の決断を共有し強化することで癒すことができるということを、思い出させてほしいと求めなさい。
T-5.Ⅱ.11
ここを読み、「私は今自我を選んでいるけれど、私に必要なことを思い出させて下さい」と祈りました。
それから第5章のⅢ. 救済への導き手 を読みました。
ぐ〜っと引き込まれるような、入り込んでいくような感覚でした。
すると、今まで私は自我の強さばかり意識していたけれど、イエスや聖霊の力の方がずっと強いのだった、ということを思い出しました。
ああ、そうだった。だから大丈夫なんだ。
今すぐ恐れを手放すことはできないけれど、イエスの教えを地道に続けていけばいい・・・といつものところに戻ることができました。
(2023年3月 by たんぽぽ)

