生命に嫌われている
なんか心の中に十字架があって、
それを私の罪の象徴だと思って観察しています。
だけどやっぱり見るのはしんどくて、
すぐそれを見失ったり、過食やゲームetcに逃避してしまいます。
今朝は3時ぐらいに目が覚めて、
私の罪を感じるんだけど、逃げ出したくて、
聖霊に助けを求めても何だか上手くいかなくて。
明け方まで悶々としていました。
そして重い心を引きずって出勤しているとき、
自分を愛していると顕在意識で思いながらも、
潜在意識の中では自分のことが憎くて憎くてたまらないと感じていることが、この苦しみの原因じゃないかと思いました。
そして私はそれを捻じ曲げて、「生命に嫌われている」と、「神に拒絶されている」と思い込んで神を憎んでいる。
智識の中に居る霊は、自我に気づいていない。霊は自我を攻撃しない。ただそのようなものをまったく思い描けないだけである。自我も同様に霊に気づいてはいないが、何か自分よりも偉大なものに自分が拒絶されていると知覚してはいる。[T-4.Ⅱ.8:6-8]
この誤りを訂正する必要があるのだと思いました。
( 2025年2月 by ようすけ )

