わずかな意欲

JACIM本館のQ&Aリストを見ていたら「わずかな意欲」という言葉が目に留まったので読んでみた。

【質問】No.100 (orig.#1034)
「不幸せな夢」と「わずかな意欲」

とても良かった… 

練習、練習、また練習を繰り返す中で、時々読み返したいと思った。

(話は変わって…)

今日、会社で問題が起き、それについて全社員を対象に調査が行われた。

ドキドキした。

もしかしたら、 自分が気がついていないところでミスをしたのかもしれない。

私が原因だったらどうしよう…、クビになるかもしれない、クビになったらどうしよう…。

悪いことばかりが浮かんできて、次から次に恐怖が襲ってきた。

「いや、違う、そうじゃない、そうじゃないんだ!」

 「私は自分で考えているような理由で、動揺しているのではない。」

(W-pI.5)

この恐怖の出所は心の中だと気づいたものの、自分かもしれないという不安とそれ伴う恐れは消えなかった。

恐怖が消えないなら自分が消えてしまいたい!と、いつもの考えが出てきた。

やっと気持ちが落ち着いてきたのはミスしたのが他の社員だと知らされてからだった。

でもそれは、私が思っていた原因が解決したからに過ぎない。

本当の原因は隠されたままだ。

〈赦し〉という奇跡は、それらの裁きが投影であるということをありのままに認識し、その責任を心の外側の外的なものごとに転嫁して正当化しないという意欲から始まります。

私たちがやることとしては、それだけで充分です。なぜなら、それだけでも、見かけほど容易なことではないからです。

【質問】No.100 (orig.#1034)
「不幸せな夢」と「わずかな意欲」

ただそれだけ、でも容易ではない

本当にそう、なかなかできない

でもやるしかない!練習あるのみ!

さあ、頑張るぞ💪