今、もう一歩を踏み出す準備ができた
今日、会社で動揺する出来事がありました。この出来事は二度目で、前の時は赦しの教室にして、ちゃんと心穏やかになれたはずだったのに、また同じことで同じように動揺するなんて、なぜ?と感じました。
そしてここを読み、なるほどと思いました。
「テキスト」は最後のセクションで、次のように述べています。「試練とは、以前に学びそこなったレッスンが再度あなたの前に提示されているものに他ならない。したがって、あなたは、前回は選択を誤ったところで今回はよりよい選択をすることができるようになり、そうして、以前の選択があなたにもたらしたすべての苦痛を免れることが可能となる」(T-31.Ⅷ.3:1)。明らかに、ほとんどの場合、私たちは自分の罪悪感のすべてを完全に取り消したわけではありません。自分ではすでに癒して解決したと思っていた誰かとの関係において、一年後に何かが起こって、突如として、以前とまったく同じ感情のすべてが再び吹き出してくるということがあります。誰でも、このような経験があるはずです。
これは必ずしも、最初にその関係を癒そうとしたときには失敗に終わったという意味ではありません。おそらく、それが意味していることは、最初のときにはそのときに進める限りのところまで進んだけれども、しばらく経った後、もう一歩進んでさらに深い罪悪感の層を癒す準備ができた、ということだと思います。
「奇跡の原理」P37〜P39
これは、「以前赦したはずなのに、未だに分離を感じる様々なこと」にも当てはまると思いました。なので今度また、「すでに癒されて解決したと思っていたはずの感情」が出てき時には、「どうしても自我を手放せないダメな私」と自分を責めるのではなく「今、もう一歩を踏み出す準備ができたんだ」と認識して、赦しに取り組もうと思いました。
