赦しのランプ

今日は、V#40: 「否認」の見分け方、を視聴しました。

「否認」は、長いこと私の中で理解したいけれど、したくない言葉でした。

「否認されたものは必然的に投影される」とテキストや教材で述べられています。

だから罪悪感が投影されないためには「否認」してはいけないのだと漠然とは分かるのですが、「何をどのように」否認してはいけないのかがよくからない。わかりたいと思うけれど、その度に「理解してはいけない!」というブラックホールに吸い込まれるような恐れがその疑問を隠してしまいます。

だから「Q&A#122: 闇を直視しようとすると、『奇跡講座』をやめたくなるのですが、どうしたらいいでしょうか?」や「ワンポイント解説:否認のもつ力を見くびってはならない」を読んで、「否認」が大きなキーワードなのだと改めて実感し、早く理解したいとビデオがアップされるのを楽しみにしていました。

このビデオがアップされてからは、視聴する度に自分がいかに否認していたかに気づき、衝撃を受けました。

一方、否認の場合は、こうなります。
「私、見てますけど、あまりに恐ろしいので、もう二度とこんなもの見たくありません。イエスさま~、どうか、どうか、お願いですから、私からこれを取り去って下さ~い!」

これは、〈間違った心〉的な意味で、「イエスまたは聖霊に委ねる」ということです。

V#40: 「否認」の見分け方

「イエスさま~…」のくだり、これ私だよ… 

とにかく色々な疑問が氷解するような感覚で、今までになく学習意欲が高まりました。