私は悪くない!
数年前、フォーラムのオフ会に行けそうだと決まった頃、参加したら、あれも言おう、これも聞いてもらおうと、家事をしながら考えていた。
あんなひどい人がいて、こんなことがあって・・・と、私にとってシリーズのように繰り返された一連の赦しの機会だった出来事を、実際に参加者の皆さんを前に話しているかのようにシュミレーションしていた。
その最中、何もないところで、けつまづくわ、使い慣れたヤカンで2度も火傷するわで、脳内独演会から我に返らされること、3度。
私の考えていることが、今ここで、そのまま体験になってるとしか思えず、ソファに座って、「はぁぁぁぁぁぁ」と息を吐いた。
(私は被害者なの!悪いのはあいつらだ!傷つけられた私は悪くないんだーーーーー!)
って、言いたい。
でも、悪いあいつらは、本当はいない。
自分でやっているだけ。
みんなに言う必要ないよね。。
そして、オフ会当日は上記のことを、さも解決済みのごとく、笑い話のようにお話させてもらった。
(↑そんな風に思ってたのは私だけかもしれない)
オフ会から帰宅後、JACIM連載記事「赦すけど忘れない」第一回 第一部前半を読んだ。
もし人が過ちを「実在する」と見なして、それを「罪深い」と呼ぶとしたら、それをしている唯一の理由は、「自分の中にそれが実在する」と信じているからなのです。そのことを理解することは、重要です。地球規模の罪であれ、個人的な規模の罪であれ、もし人が誰かの罪を責めて、「私は赦します。でも絶対に忘れません」という態度をとるなら、その人は自分自身の中の罪を見たくないがゆえに、その罪について他人を責めているのです。
「赦すけど忘れない」(第1回)
オフ会で話そうとしていた一連の出来事を、私は「破壊するための赦し」として、けっして忘れずに、目的のために再利用する気満々で、まったく赦そうとしていないことがわかった。
