相手への思い
私が、相手への思いというのをもっとしっかり感じてみようと思ったのは、『天国から離れて』の下記の記述を読んだことが、きっかけでした。
二人とも、自分がどれほど相手を憎んでいるか、よく認識していない。その点を実感するまで、あなたたちは憎しみを除去することはできないだろうし、そのときまで、自分たちはお互いを取り除きたいと望んでいると考え、憎しみを保持し続けるだろう。だが、もしあなたたちがお互いに相手の救済であるとしたら、これは、二人とも救済よりも攻撃のほうを好んでいるという以外に何を意味しているだろう。
『天国から離れて』359-360.ページ、電子版 731-733ページ
「攻撃を好んでいるから、自分の憎しみを見ないようにしている??? って、なんのこっちゃ??」と最初は思いましたが、でも、やってみようと思って、意識して感じるようにしたのです。
実際、相手への憎悪をしっかり感じようとすると、心理的に相手に近づかざるを得ないことに気が付きました。そして、それを恐れていることに気が付きました。相手への憎悪を感じたくないのは、相手に近づきたくないから、離れていたい・攻撃したいからだというのが実感できました。
相手への思いを感じることを練習していると、怒りを感じた相手をどう思っているのかしっかり感じようとした瞬間、すぐに怒りが消え去り、愛情があふれてきたことがありました。恐れていたのはこのことだったのかと気が付きました。
それとは反対に、憎悪を感じた相手をどう思っているのかしっかり感じようとすると、さらに憎悪が激しく感じられることもありました。じっと見ていると、神に反逆することを願い、無能となることを願う、おぞましく醜い奴だと相手を見ているのが見えてくることもありました。それを自分の姿だとはとても思いたくはありませんでした。
また、怒りを感じた相手をどう思っているのかしっかり感じようとすると、ただ吐き気を感じるだけの時もありました。
相手への思いというのを実際に感じてみると、その時々で、様々な現れ方をするように思います。何が見えてくるのが良くて何が見えてこないのが悪いというのは、ないように思います。
ステップ2へどう入っていくかは、様々だと思いますが、なかなかステップ2に入れないとき、赦そうと思っても赦したくない思いが膨らむときは、意識して相手への思いを感じるようにすると、色々なことが見えてくることが多かったです。
ただ、無理は禁物だと思っています。相手への思いを感じ取るには、心の緊張をといていく方向へ向かうものなのですが、無理をすると、反対に、心の緊張を高めてしまいます。すると、逆方向へ向かってしまいます。
そうなると、怒りが高まって爆発してしまうかもしれません。無理をしないというのは、自分の心にある恐れをみくびらないということです。恐れを恐れる必要はないのですが、恐れを見くびってはいけないように思います。見くびるのは恐れているからなのです。
( 2022年7月 by pallaksch )

