「神の殺害と神の子の磔刑」
「水に潜る者」パート2部分を読んでの感想です。
私は幼少期に死というものを認識してから、
ずっと恐れを感じながら生きてきました。
この世的に喜びとされているものをいくら追求しても、
心が完全に満たされない、生きるのが恐ろしい。
それをどうにかしたいという動機から、
探求を始めコースにたどりつきました。
ですので無意識下にはとてつもない恐れがあるという、
本講話の主張にはとても合点がいきます。
心の深みを垣間見るとき、人は恐怖をおぼえずにはいられない。
ワプニック博士の『奇跡講座』解説 小品集(2)38ページ
朝目が覚めた時に、金縛りのような恐れを感じることがあります。今までは外の出来事(仕事・家庭・健康)が原因だと思い、形態を変える努力をしてきました。
しかしコースを学び、今でははっきりと、そうではないとわかるようになってきました。
あのとてつもない恐れは、私が心の深みを垣間見たときに感じたのだと理解しています。
『奇跡講座』の中でも、イエスはたびたび私たちに、「自我の心の恐ろしい思考体系の本質」という奈落を垣間見させています。それはおよそ美しい光景とは言えません。
ワプニック博士の『奇跡講座』解説 小品集(2)39ページ
ただでさえ罪悪感は醜いものですが、それが「神の殺害と神の子の磔刑」という途方もなく罪深い行いを反映しているとなれば、その醜さは尋常を超えるものです。
寝起き以外にも突然恐れがやってきます。仕事中、休日、誰といようが何をしてようがお構いなしです。
その恐れは強大で意識を向けることすら恐ろしいですが、
私は「神の殺害と神の子の磔刑」を見ているのだと思い出すことで、それなら恐れを感じるのは当たり前だと納得し、イエスに助けを求め一緒に見るということができるようになりました。
(2022年7月 by ようすけ)

