自我の嘘に気づく

加藤さんのJACIMフォーラム講義室で講義を受けていると、本当にこの世界が嘘なのだとはっきりわかるときがある。

そしてこの世界が本当に見えるように自分が力を与えていることもよくわかると、テキストが以前より理解出来るようになっていて驚く事がある。(まだわからないところも多いけれど)本当に全てが自我の嘘だったのだと。

昨日久しぶりに職場の人の行動が気になった。考え始めると、彼女の行動がさも意味ありげに、とても罪のある行為に見えてくる。攻撃的で狡猾だ、と。彼女の「悪事」を皆に糾弾したい!と強く思う。

けれどもこれは聖霊と共に見ると非常に有用な情報だ。私は自我を選択している。この事が重要に見えるのは、自我を選択した私が、罪のある人を見つける必要があるからなのだ。この感じ方からわかることは、私はまだ聖霊の愛を退けようとしているということなのだ。しかし、この選択が私にもたらす代償はあまりにも大きい。この選択を自分は続けたくない。

だから一歩退いて、冷静になり聖霊と共に見てみよう。

先日○○さんが別トピックで紹介されていた「〈間違った心はこの世界でどう生きるのか〉ー自我の特別性という元凶-その3」が思い出され、読み返してみた。

私たちは、自我を信じる心の「信念の力」を決して過小評価してはならない(T-5.V.2:11)のと同じように、「心としての自分」を否定する「抑圧の力」を決して見くびってはなりません。その抑圧の力が、私たちに、「心である自分」を忘れさせ、「自分は肉体であり、霊性を学ぶ旅の途上にいる一個の人間だ」と信じさせています。私たちは、「投影が知覚を作る」(T-13.3:5; T-21.in.1:1)ということを覚えておく必要があります。私たちが外側に見ているものは、常に、自分が投影したものだけなのです。「分離」というものを、「自我を選ぶ」と決めた心による選択として認めたくない私たちは、心を忘れている肉体たちの住む世界の中で「分離」を知覚し、「分離」が実際に起こったことにしてしまいたいと思っています。

ワプニック博士の『奇跡講座』解説 小品集(1)P67

「彼女」も「自分」も実在していない。
 私がその力を与えているのだ。

あなたによる自我への忠誠のみが、あなたを支配する力を自我に与えている・・・・自我とは、あなた自身についてのあなたの信念の一部以上のものではない・・・・。それはあなたの心に依存している。そして、あなたは、それを信じることによってそれを作り出したのだから、それを信じるのをやめることによって、それを一掃できる。あなたが自我を信じていることについての責任を、他の誰か[または何か]に投影してはならない。そのようなことをすれば、あなたは自我への信念を保持することになる。(T-4.VI.1:2; T-7.VIII.5:2-3)

ワプニック博士の『奇跡講座』解説 小品集(1)P63

(2020年1月 by ふうせん)