心の深みを垣間見るとき

私は幼少期に死というものを認識してから、
ずっと恐れを感じながら生きてきました。

この世的に喜びとされているものをいくら追求しても、
心が完全に満たされない、生きるのが恐ろしい。

それをどうにかしたいという動機から、
探求を始めコースにたどりつきました。

ですので無意識の心にはとてつもない恐れがあるという、
本講話の主張にはとても合点がいきます。

「心の深みを垣間見るとき、人は恐怖をおぼえずにはいられない。」
「ワプニック博士の『奇跡講座』解説 小品集(2)」P.38
「水に潜るもの(第一回)」https://jacim.com/jcm/?p=7707

朝目が覚めた時に、金縛りのような恐れを感じることがあります。今までは外の出来事(仕事・家庭・健康)が原因だと思い、形態を変える努力をしてきました。
しかしコースを学び、今でははっきりと、そういったものが原因ではないとわかるようになってきました。
あのとてつもない恐れは、私が心の深みを垣間見たときに感じたものだと理解しています。

『奇跡講座』の中でも、イエスはたびたび私たちに、「自我の心の恐ろしい思考体系の本質」という奈落を垣間見させています。それはおよそ美しい光景とは言えません。 ただでさえ罪悪感は醜いものですが、それが「神の殺害と神の子の磔刑」という途方もなく罪深い行いを反映しているとなれば、その醜さは尋常を超えるものです。
「ワプニック博士の『奇跡講座』解説 小品集(2)」P.39
「水に潜る者(第一回)」https://jacim.com/jcm/?p=7707

寝起き以外にも突然恐れがやってきます。仕事中、休日、誰といようが何をしていようがお構いなしです。

その恐れは強大で意識を向けることすら恐ろしいですが、
私は「神の殺害と神の子の磔刑」を見ているのだと思い出すことで、それなら恐れを感じるのは当たり前だと納得し、イエスに助けを求め一緒に見ようとする、ということができるようになりました。

( 2022年7月 by ようすけ )